
当歳
東京・神田に生まれる。もっと正確にいうと、東京・新宿区内の某病院・産婦人科にて生まれる。
1967年頃
記憶は定かではないが、たぶんこの頃はじめて釣りをする。三浦半島か、新潟の海で釣りをしたのがはじめ。身に覚えはない。
1970年代
自分的第1次釣りブーム到来。 某区役所裏の某お堀にて、鮒釣りをしている人たちに影響され、釣りにドップリと音をたててハマっていく。代々つづく釣り好きの家系なので、DNAですでに運命づけられていたのだろうか。
1973年頃
初めて北海道へ釣り旅行。いま考えてみれば、この北海道への釣り旅行は、ルアーフィッシングをはじめる前のことだったとは、すっかり忘れていた。
1975年頃
ルアーによるバスフィッシングをはじめる。その前から買っていた釣り雑誌「月刊 フィッシング」などを見て、すでにルアーなどは買い揃えてはいたが、本格的にはじめたのはこの頃。 当時は毎週のように山中湖の「かじや荘」さん、芦ノ湖の「おかもと」さんにお世話になっていた。
1976年初頭
あれは忘れもしない、え〜と、え〜と。実は忘れてしまった。たぶんこの頃だったのではないかと思う。 当時、新宿・小田急ハルクの中2階にあった釣具屋「なとり」さんで、「シェイクスピア」のフライフィッシングセットを購入。フライは、しばらくの間はなかなかうまく使えなかったので、ルアーのあいまに時々練習している程度だった。追記:いまになって小田急ハルクだったか、上野松坂屋だったか、銀座松屋か渋谷サンスイだったか、秋葉原の上州屋だか、あやふやな気がしてきた。若年性痴呆だろうか、どうしても思い出せない。
1976年夏
1976年初頭の記憶が確かなら、この年の夏、新潟の渓流にて、はじめてフライでヤマメとイワナを釣った。これは感激した。 自分で作ったフライを魚が食いつくのだから嬉しいに決まっている。その瞬間を目の当たりにしたとき、一瞬何が起こったのかうまく理解できないほど舞い上がった。 これを味わってしまったらもう最後、深い淵にのみこまれていくように、フライフィッシングの世界に溺れていった。
1976年秋
新たな趣味が増えた。写真である。父の影響だったのか、姉の影響だったのか、はたまたカメラ関連の仕事をしていた伯父の影響だったのかは定かではないが、ちょうどこの頃から夢中になったように記憶している。週末はカメラ片手にほうぼうを歩き回っていた。
1977年
プライベートでフライフィッシング、友人とカメラという二重生活、と言うと少々オーバーだ。このころが一番趣味に熱中していた。
1978年頃
フライフィッシングとカメラの趣味が友好的な関係に発展してゆく。写真の被写体が魚や風景になってきたのが、ちょうどこの頃のこと。 この頃からは釣りといえば、フライフィッシング、オンリーに。
1980年代
自分的第2次釣りブーム到来。原宿の「ノリエ」さんにお世話になりながら、フライロッドをカスタマイズしたり、自分で組み立てたりしていた。
1984年
はじめて自分の車を購入。それまで親父の車を恐縮しながら使っていたので、やっと開放された。マツダ・サバンナRX-7(SA22C)1979年製。12Aロータリーエンジン搭載のスポーティーカー。足回りがプアなノーマルのままだったせいか、普通に交差点を曲がるだけでドリフトしてしまって、パトカーに追いかけられ酒気帯びチェックされたり(酒なんか飲んでいたらカウンターステアなんかあてられまい)、普通に走っているだけで、アフターファイヤー吹きまくるチョット危険な香りのステキな車だった。当時の愛読雑誌は「OPTION」。
1980年代中頃
はじめて購入したパソコンはMSX規格のもので、機種名は忘れた。それでBASIC言語などを学んだが、ほとんどゲーム機と化していった。仕事ではIBMやキヤノンのMS-DOS、プライベートでは、東芝 DynaBook EZ(MS-DOS)を購入。はじめてのWindowsは「2.1」?(忘れた)。後にDTP(出版)のために初Mac、Power Macintosh 7600(7.5.3時代)を、そして1999年頃にPower Mac G4(PCI)、プライベートではPowerBook1400。Win系は、IBM ThinkPad(Win95)やNEC LaVie(Win98)、そして現在も保有しているのは、IBM ThinkPad(98)とNEC(XP)。現在のメイン機は、2001年購入のiBook(Dual USB)をOS9.1のままでいまだに現役。
1985年
車を買い換え。トヨタ・カリーナED(ST160系)1985年製・新車。ヤマハ系2000ccツインカムエンジン3S-GEを搭載した、スポーツセダン。当時ハイソカーブームなどと言われていたが、選んだ理由はエンジン。カーステレオが注文と違っていたり、ときどきエンジンが勝手にリミッターが作動するほどまで吹け上がるという危険なトラブルが出ても、ディーラーは対応してくれなかった。本当に危険だった。知り合いのつてで他の店舗に持ち込み、コンピュータ交換(もちろん無料)で直った。これを最後にTO4タ車は買わないと心に誓う。
1986年頃〜は激動の時代
そういえばこの頃からいろんな所に引っ越したっけ。 千代田区神田→新宿区弁天町→渋谷区幡ヶ谷→新宿区余丁町→文京区目白台→新宿区西早稲田→新宿区薬王寺町→新潟→北海道→北海道(同町内で引越)。 まさに引越ビンボ〜の典型的標本になりそうである。
1988年
車を買い換え。フォード・レーザー フルタイム4WD(BF)1986(?)年製。B6型1600ccDOHCターボエンジン、RSワタナベのホイール、ピレリータイヤ、HKS給排気系、トラストブーコン、ハイオク仕様、エア車高調整サスペンションでご機嫌なマシンだった。九十九里の砂浜では無敵(?)。同型のマツダ・ファミリアが、当時WRCのスエディッシュラリーで優勝したんじゃなかったかな(間違っていたら御免なさい)。ちなみに、この車が量産車として日本初のフルタイム4WD。
1990年頃
自分的第2次カメラブーム到来。理由は定かでなはいが、この頃からカメラ熱を再発。たぶん仕事で会社のカメラをいじっていて本能がうずきはじめたのだろうか。当時、使用したフィルムはフジの「ベルビア」。あるいは、このフィルムの発色にダマされて再びカメラ熱を発症したのかも知れぬ。新型一眼レフカメラを買って、機械ずきの癖も手伝って、お金を次々につぎこみ、まんまとメーカーのワナにハマった。
1991年
車を買い換え。マツダ・サバンナRX-7(FC3S)後期型。エンジンは13B型インタークーラー付きターボ。新型RX-7(FD3S)が発表されたが、旧型が好きだったので、急いで購入した。が、正直、失敗だった、か。慣れてしまったけれど、ハンドリングがしっくりこなかった。電気仕掛けのコントローラーのようなハンドリングだった。
1999年
車を買い換え。フォード・フリーダ。2500ccのディーゼルエンジン。環境のためにはディーゼルエンジンの方が優れているんですけどね。拝啓、○○知事殿。ディーゼルエンジンの技術開発を止めないでね、メーカー様。
2001年
「つるや釣具店」でバンブーロッド メイキングスクールを受講。その後もロッドの修理などで平田真人さんには大変お世話になりました。
2004年
車を買い足し。スズキ・ジムニー(JA11-5型)ランドベンチャー。エンジンは、F6A型、3気筒インタークーラーターボ。2代目ジムニー最後期モデル。ブーストアップでシビックRをカモるほどの加速感も、耐久性、エコロジーなどを考慮して、現在はフルノーマル。ジムニーといえば、ドラマ「太陽にほえろ!」でマカロニ刑事がジムニーLJ20に乗っていた頃からの憧れであった。しかし、このJA11-5型を最後に、ジムニーは、そのジムニーらしさが消滅した、と個人的には思う。
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